08/29 月曜日 入院17日目
|
06:30 血圧、体温、血中酸素濃度、脈拍を手動で計測。
07:00 尿検査
08:00 採血
8/19から服用していた「ロキソニン錠 60mg 朝・昼・晩、食後に1錠服用開始(鎮痛剤)」に替えて以下を服用。
コカール200mg 朝・昼・晩・寝る前 2錠ずつ服用開始(鎮痛剤)
14:00 リハビリ 痛みでリハビリ進まず。ストレッチのみで終了。
|
|
|
|
|
08/30 火曜日 入院18日目
|
06:30 血圧、体温、血中酸素濃度、脈拍を手動で計測。
新しい鎮痛剤にもだいぶ慣れてきた。痛みは完全には取れないものの、動かすと痛いということを体が覚えたので、痛みに対する恐怖感に慣れたというか、逆に筋肉を動かす時に痛みの度合いが可動範囲の判断材料になるようになった。
14:30 リハビリ
15:40 主治医より初めて画像を交えた怪我の状況説明を受ける。
●外傷性肺挫傷
外傷性の肺挫傷から炎症を起こしていた。数日間寝た切り状態であった為、水(たん)・血液が溜まり内蔵からの圧迫も受けて縮んでしまっている部分があり(無気肺)肺機能が落ちていたが、完全に回復した。能力も落ちていないだろう。 |
以下、仰向けに寝ている状態のCT断層写真
写真左側に「R」のマークが有るように、下半身から上半身を見上げた状態の断層写真です。つまり写真向かって左側に写っているのが右半身ということになります。
|
胸側 |
|
背中側
|
写真左側、右肺の背中側の底部にグレー色に写っているのが血が溜まっている状態。その上に白っぽく写っているのが水(たん)が溜まっている状態。左肺にも若干溜まっている。
|
|
●外傷性肝破裂
中心性破裂。肝臓内部が強い衝撃で押しつぶされるように引き裂かれ(ほぼ真っ二つ)、内側の一部が裂けた。裂けた所が背中側であったためスペースが無く、すぐに大出血が止まったのだろう。これが腹側だと隙間が多くあるので大出血が継続し危険だった。また肝動脈に影響がなかったのも良かった。3週間で自宅静養レベル、4週間で社会復帰?1〜2ヶ月で完治?
現時点でも血液検査の肝機能データには全く問題が無いのでアルコールに関しても制限の必要なし。 |
胸側 |
|
背中側
|
@肝臓内に左上から背骨に向かって右斜め下へギザギザに走っている影が引き裂かれた断裂面
A肝臓の背骨付近が破裂して出血、血が溜まっている。
|
|
●外傷性右腎損傷
中心性破裂。右側腎臓内部が強い衝撃で押しつぶされるように引き裂かれ、内側の一部が裂けた。裂けた所が背中側であったためスペースが無くすぐに出血が止まったのだろう。これが腹側だと隙間が多くあるので大出血が継続してであろう。特に腎臓の場合は臓器の周りが脂肪で覆われており、これも大出血を妨げた要因であっただろう。また腎動脈が損傷していたら危険だった。
現時点ですでに問題のないレベルに回復している。 |
胸側 |
|
背中側
|
写真左側、右側腎臓の背骨付近が破裂して出血している様子
|
|
いずれにしても内臓に関しては自宅静養しながら外来通院でタイミングを見ながら血管造影CT及びレントゲンをもう一度撮る。
※肝臓にしても腎臓にしても例えるならばオレンジ色のケーシングに入った魚肉ソーセージを指と指で挟んで押しつぶすとフィルム状のケーシングは破れないが、中身の魚肉ソーセージは切れ目が入って離ればなれ。こんな感じです。 |
●骨盤・腸骨骨折
骨盤は右側の腸骨部分が縦横方向に複数の骨折線が走り、複数(4つ)のパーツに割れてはいるが、不幸中の幸いで大腿骨との関節部分(股関節)には全く損傷が無く、また骨折した骨が大きく動かなかった為、大出血が継続しなかった?
元々ここは複数の筋肉が貼り付いている場所なのでこれが最後の砦になったのか?ただし最初に起こった大出血に伴う直径約20センチ程度の右脇腹に出来た血腫は2日間ぐらいは成長していたので、数日間は内出血が続いていた模様。
骨自体は少しずれた状態で、いびつな形で固まっていく。もしかしたら形が多少変わってしまうことで筋肉の緊張状態が変わり、多少の違和感は残るかもしれないが、基本的に後遺症は残らないと考える。
4週で隙間が埋まり始める。
1〜1ヶ月半で、ずれ動かなくなる。
早ければ3ヶ月で完全に固定される。遅くとも6ヶ月経過すれば完治。
|
以下の2枚は腹側正面からのレントゲン画像
写真左側に「R」のマークが有るように、写真向かって左側に写っているのが右半身ということになります。
|
|
8/13 事故直後のレントゲン画像
@の部分には縦方向に走る2本骨折線が見える
Aの部分には横方向に走る骨折線が見える
|
|
8/16 事故から3日後のレントゲン画像
@の部分は上からの力で押しつぶされるように骨折
Aの部分は腸骨本体から分離するように骨折
この画像で見ると大きな骨盤本体から少なくとも4つのパーツが離れ出ている様に見える。 |
|
以下の3枚は、仰向けに寝ている状態のCT断層写真
写真左側に「R」のマークが有るように、下半身から上半身を見上げた状態の断層写真です。つまり写真向かって左側に写っているのが右半身ということになります。
|
|
|
|
上記写真3枚の左側、右側骨盤・腸骨が割れるように骨折している様子が解る。
赤矢印の部分(白っぽく写っている)は腸骨内から大腿部へ伸びる筋肉。左右を比較すると解るが、骨折した部分の筋肉が出血により圧迫され膨張している様子が解る。
|
|
この画像のみ骨盤部を腹の上から見ているCT断層写真。
右側骨盤・腸骨が上からの力で座屈するように骨折している様子。 |
|
●肋骨骨折
右胸表側、肋軟骨と肋骨との境界部の骨折と、右脇腹背中側の肋骨の2箇所の骨折と思われるが、レントゲンやCTでの確定は難しい。一般的に4から6週で完治。
肋骨骨折は2から3ヶ月は痛い。痛みが取れれば完治。
|
|
●右手親指の骨折
関節の広がっているところが欠損するように骨折。
関節可動部には影響は無いだろう。
ただし、骨折した骨片がかなり離れてしまっているので、遊離骨片化すると思われる。 |
|
矢印の部分の小さな骨片が骨折した部分。 |
|
|
|
9/1時点での診断書
外傷性肝破裂、外傷性右腎損傷、右腸骨、右母指、右肋骨骨折、外傷性肺挫傷 |
|
|
|
|
|
|
08/31 水曜日 入院19日目
|
06:30 血圧、体温、血中酸素濃度、脈拍を手動で計測。
08:30 主治医が部屋に来てくれる。
3週間を目処に退院の判断。
9/2金曜日に血液検査。
数字を見て退院の最終判断。
ついに先生の口から退院と言う言葉が!!
14:00 リハビリ
24:30 胃?十二指腸?が痛くて眠れずナースコール
ブスコパン錠 10mg 1錠服用
25:00 就寝
|
|
|
|
|
09/01 木曜日 入院20日目
|
06:30 血圧、体温、血中酸素濃度、脈拍を手動で計測。
09:05 主治医いわく食後に痛いのは胃潰瘍、空腹時にいたいのは十二指腸潰瘍
明日9/2に胃・十二指腸の内視鏡検査決定。今夜20:00以降は絶飲絶食
|
|
|
|
|
09/02 金曜日 入院21日目
|
06:00 血圧、体温、血中酸素濃度、脈拍を手動で計測。
08:00 採血
09:00 内視鏡検査室へ
検査結果は「なかなかここまで健康な状態の胃を見ることは出来ないってぐらい綺麗な胃です。健康な状態だからこそ出来る小さなポリープがいくつか有りますが、取る必要は無く、全く心配有りません。胃も十二指腸も非常に健康です」だそうです。
ちなみに内視鏡検査室で同級生と30年以上ぶりに再会!
13:00 リハビリ
以下、血液検査結果の数値を時系列に並べてグラフ化したもの
8/11、事故の2日前に会社の集団検診で健康診断を受けていたおかげで、直近の通常値を知ることが出来た
8/13、事故直後の血液検査結果から退院決定の9/2までの時系列データ。もちろん事故直後から数日間は1日に複数回血液検査を実施しているが、早朝6:00前後の採血時のデータを用いています。 |
|
AST、ALT、ALPの3指標が平常値よりも増えた場合は急性肝炎等を疑う。
上記2指標は14日を境に回復傾向、現時点で正常値。
またALPに関しては内出血した血液を細胞が吸収消化する過程で血中濃度が上がるという性質も持っている。
|
|
LDHが平常値よりも増えた場合は急性肝炎、急性腎炎を疑う。
8/13に急激に増え、その後は順調に回復するも現時点では平均的正常値には届かず。
総蛋白は血中の栄養不良や、肝臓障害の診断指標。
事故後8/15まで減り続けるがその後回復。現時点で正常値。
アルブミンは肝臓や腎臓に障害が有る場合に変動する。
事故後8/15まで減り続けるがその後回復。現時点で正常値。
|
|
赤血球は肺で酸素と結合し、体の隅々へ酸素を運搬する役目。ヘモグロビン、ヘマトクリットと併せ、貧血度合を示す。8/16まで内出血が続いていたことを示している。
その後貧血傾向は回復しているが、現時点では平均的正常値に届かず。
|
|
|
血小板は止血作用の為に消費され、白血球は体内の炎症度を示す。
共に現時点で正常値に回復。
16:30 血液検査の結果から9/4(日曜日)10:00退院決定!
|
朝食は写真取り忘れ |
|
|
|
09/03 土曜日 入院22日目
|
06:00 血圧、体温、血中酸素濃度、脈拍を手動で計測。
10:00 今後の天気予報やひまわり画像から今日も明日も風雨の状況は変わらない、だから今日退院できないかと相談したら、OKが出た!!14:30に退院決定!!ついについに退院だ!
|
|
|
14:30 妻が迎えに来てくれた。
ナースセンターで看護師の皆さんに御礼をし、自分の足で歩いて病院を出る。
3週間ぶりの外界は新鮮に感じられ、車の車窓から見える病院の建物を見ると「家に帰れるんだ」という実感から涙する。
8/13(土曜日)に入院し、9/3(土曜日)に退院。本当にちょうど3週間。長いようで短かったというのが正直な感想。
入院当初は1ヶ月は寝た切りで2から3ヶ月は入院と言われたが、結局のところ緊急手術どころか、輸血さえも施されずに、止血剤入の輸液を連続投与されただけ。
医者も後から言っていたことだが、元々健康な人が事故などで内臓を傷付けたとしても、本来人間の体に備わっている自然治癒力がすぐに治してしまうのだそうだ。
これが病気等で、免疫力や自然治癒力が落ちている状態で入院し、手術などをした後の内臓の回復力とは比べようもないとのこと。
ボーダーラインとなる一線をギリギリで越えずに踏みとどまったのは、頑丈な骨と内臓だからこそ。育ててくれた親に本当に感謝。
そして最終的に4泊5日、まさに付きっきりで膝の上げ下ろしなど、看病をしてくれた妻にも本当に感謝している。
結果的に入院していた3週間の内、誰も顔を見せなかったのは1日だけ、偶然だとは思うのだが、みんなが重なることなく分散して見舞いに来てくれたので本当に気分的に助かった。やはり「持つべきものは友」だということを実感。
これは語るべき事ではないのかも知れませんが、私が市立病院外科病棟に入院してから3週間、大多数の方は元気になって退院されて行くわけですが、治療の甲斐無く亡くなられる方もおり、ここには確実に生と死が存在し、ここが市民にとって命の最後の砦になっていることを実感しました。
また、新たに手術の不安を抱えて入院してくる方やその家族を見るにつけ、日常生活では感じることの出来ない、今おかれている自分の立場に対する喜びと、生きていることに本当に幸せを感じると共に、なぜこうなってしまったかという反省も同時に湧いてきました。
入院当日からFaceBookにアップロードする等、見方によっては「ふざけている」と思われた方もいるかもしれませんが、あの時に妻には言えませんでしたが「もしかしたら、多くの友人達に俺の言葉を残せるのはこれが最後かも........」と、ほんの少しだけ考えて、妻に代筆を頼んで投稿したというのが本当のところです。
最後に、多くの友人知人に多大なる心配をお掛けしたことをお詫びすると共に、本当に数多くの励ましの言葉を戴き、本当にありがとうございました。先にも書きましたが「持つべきものは友」ということを実感しました。
まだしばらくは自宅静養を続けなければいけませんが、すぐに元気なウィリー祐一に戻りますので、またいつかお会いすることがありましたら、これを酒の肴にして呑みたいものです。 |